陶心雅報

ギンザの黒ダ

印紋と研磨展によせて     
                  川瀬 忍

-  ギンザの黒ダ  ー

はじめに

数年前、「銀座 黒田陶苑」さんがお店を改装されるとうかがっていた。
銀座という土地柄ゆえなのか、それとも徹底したこだわりからなのか、工事にはずいぶん長い時間がかかっていた。ときおり噂は入ってくるものの、新しいお店がどのような姿になるのかは思いをめぐらせるばかりだった。

改装がいよいよ終盤にさしかかったころ、食事に誘っていただいた。その席で、「オープンしたら、個展をしていただけますか?」
と声をかけてもらった。新しいお店がどんな雰囲気になるのか、ますます想像がふくらんだ。

振り返れば、黒田佳雄さんには、お祖父様である初代黒田陶々庵・黒田領治さん時代からお世話になっている。

僕がこの世界に入ってまもない18歳のころ、父・二代川瀬竹春に連れられ、最初につくった湯呑みを持ってご挨拶にうかがった。その後、お祝いとして「忍」の印章(帰雲篆)を頂戴した。
ちょうどそのころ編集中だった『陶芸図鑑』第五集には、私の処女作である「染付の鉢」も掲載してくださった。いただいた印章は、いまも大切に使わせていただいている。
(僕はたぶん、この印ひとつで生涯通すことになるのだろう)

僕は、祖父の代から続くやきもの屋の家に生まれた。大磯に窯場兼住居を構えていたが、ほかの陶芸家のことはほとんど知らずに育った。
あるとき父が頼んだのだろう。二代目の黒田和哉さんに瀬戸・美濃へ連れて行ってもらったことがある。
二泊三日の旅だった。何軒もの窯元を訪ね歩いたが、その中には、いまは亡き方もいれば、その後、日本を代表する陶芸家になられた先生方もいらした。
とりわけ忘れられないのは、地元の名旅館で催された夕食会である。大勢の作家が集うなか、お父上は床の間を背にした上座に座られ、僕はまるでお身内の息子のように、その隣に席をいただいた。
周囲からどう見られているかも考えず、酒にも手をつけないまま、ただ隣に座っていた。思い返せば、ずいぶん失礼なことだったと反省している。
宴席は翌日も顔ぶれを替えて催された。旅館はすでに無くなってしまったが、ふたつの大浴場に、それぞれ異なる陶板壁画があったことを、いまでもよく覚えている。

この〝まがい物の息子〟が、本物の息子さん(三代目の黒田佳雄さん)と対面するのは、その数年後のことである。
まだ佳雄さんがご幼少のころ、お父上とご一緒に、わが家へお越しになったことがあった。お父上と父が別室で仕事の話をしている間、佳雄さんはひとりで隣の部屋で待っていた。
ちょうど、有名なお菓子屋さんの大きな箱入りクッキーがあり、母が「どうぞ」と勧めた。どのくらい大人たちが話し込んでいたのかは忘れたが、その間に、幼い佳雄さんは一箱全部食べてしまわれたのである。
じつは僕も大好きなクッキーで、あとでお下がりを食べさせてもらうのを楽しみにしていたのだが……(笑)。ちょっと悔しかった。
そのクッキーはいまでも販売されており、ときどき美味しくいただいている。

その佳雄さんもやがて修業に出られ、数年後、お店へ戻ってこられた。
しばらくして、お店の雰囲気はガラッと一新した。いわゆる「やきもの屋」から、「ギャラリー」への画期的な展開であった。長くいらした番頭さんも、お店の表には出ず、裏方に徹せられるようになったようだった。

あるとき、僕が寅年生まれであることから、「寅年生まれの会を企画したいのですが、ご参加いただけませんか」と声をかけられた。
佳雄さんも寅年だと知っていた僕は、「主催者も出品されるなら」と、ひとつ条件を付けて引き受けた。
こうして佳雄さんも作品を出すことになった。
出品されたのは、斬新な手法でつくられた、ゆったりとしたふくらみを持つ「黒茶碗」。
僕はすっかり魅了され、まるで奪い取るようにして持ち帰った。
また、佳雄さんが自作の酒器を数多くお持ちだと聞き、その顔ぶれにまだないものを加えてみたいと思った。
そこで、余技的につくっていた酒器も出すことにし、「吟上のうつわ」展を開催していただいたりもした。

茶道の稽古場でも同門となり、ご結婚され、お嬢さんの瑠美さんがお生まれになった。
その折、たまたま制作していた作品の中に、お祝いにぴったりのものがあり、
「るみまる」と名付けてプレゼントさせてもらった。
詳しくは『陶心』(2024年発行の「銀座 黒田陶苑」リニューアル記念本)の中に書いてある。
マル秘の作品です。本作はオープニング展にも飾っていただいた。

そして、その瑠美さんがご結婚され、2025年には長女・美結さんが誕生された。
じつは、「るみまる」と同じ時期に制作し、個展には出品しなかった作品群があった。
過日の大雨(2021年の熱海伊豆山土石流災害)の折にも、奇跡的に難を逃れた「七羽の子鴨」の作品である。これぞ「るみまる二世」だと、僕は思っている。

こうして「銀座 黒田陶苑」さんとの歩みを振り返ると、人生の節目ごとに、不思議なご縁をいただいてきたように思う。
新しいお店がオープンし、恐る恐る拝見にうかがった日のこと。
エレベーターを降りると、広々とした空間が現れた。どこが入口なのかもわからず、まるで迷路に迷い込んだようだった。
中へ入り、「こちらでいいのだろうか」と思いながら、暗い玄関を左へ折れて、ゆっくりと進んでいく。すると、その先に大きな世界が広がっていた。

どこを見ても黒だった。

天井も壁も陳列台も、黒漆を思わせる独特の肌に仕上げられ、もちろん床も黒。その光景を目にした瞬間、〝洋服を間違えた〟と思った。
〝次は、タキシード姿でうかがわなくては似合わない!〟
それが、この店に抱いた最初の印象である。
同じようにお祝いに訪れる友人たちにも、「行くならタキシードだよ」と伝えておいた。

さて、その次に頭を悩ませたのが、「ここでの個展をどうするか」だった。

この黒い空間に、どのような作品を並べればよいのだろう。
従来の青磁作品にスポットを当てれば、インパクトが強く、印象に残るかもしれない。
しかし、それでは脅かしの一過性の展示になってしまうようにも思えた。

この空間にふさわしいものは何か。悩みを重ねた末に生まれたのが、今回の作品である。

          2026年 秋  川瀬 忍 拝

 


川瀬 忍展 -印紋と研磨-

2026年10月10日(土)〜 10月22日(木)
会場:銀座 黒田陶苑 [本店]
午前11時~午後6時30分 月曜定休


 

 



【 銀座 黒田陶苑 本店 】
東京都中央区銀座7-8-17-5F    虎屋銀座ビル5階
TEL.03-3571-3223
11:00-18:30 
毎週月曜日・定休

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GINZA KURODA TOUEN
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(30分300円)など多数の時間貸し駐車場があります。

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