陶心陶語

藤平 伸 宝塔香爐のこと

 

「火は不思議な安らぎを人にあたえ、すぎ去った思い出の世界に人を誘う。苦しみも悲しみも思い出は、すべて火に濾過されて涼やかに人の前に立つ。」
激動の昭和が終わるその前年の1988年、藤平 伸先生は京都市立芸術大学教授を退官。まさに平成の時代の幕開けと共に、67歳の藤平は作陶活動を再開し本格始動しました。
それ以前にも作品の制作は行っていましたが、学生への指導に重点を置き多くの時間を費やしており、作品制作は二の次でいた。
1989(平成元)年に日本橋高島屋で開催した個展では、名作「春遠からじ」をはじめとする陶立体(オブジェ)で構成された意欲的な個展を開催し、翌年には鈴木治や山田光、柳原睦夫らとのグループ展「陶芸の現在展」で、人物や動物・建築物をモチーフにした大小さまざまな作品を展開しました。
作品の色彩もそれまでの陶芸作品には無かった幽玄な色調やコントラストを持ったものになり、抽象的で抒情的な作品は多くの人々に受け入れられて人気を誇りました。
そのころから、作品は小型化し、中には掌の上に載せられるような小さな作品も登場するようになり、大学教授時代に作られていた所謂公募展サイズと呼ばれる大形の作品は消えてゆきました。
それには理由があり、大学を離れた藤平が新たな工房として選んだのが、親族の経営する製陶所の一隅を間借りした場所で、焼成にはその製陶所の窯の隙間を利用していたからなのです。
この作品は、平成の幕開けに登場した藤平 伸の飾り香炉です。
五重塔をモチーフに、幽玄な濃淡をみせる藍色釉を纏わせ、細部にまで手を入れた指先だけで形作られた手びねりとは思えない神聖な作風で人々を魅了する一品です。

 

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