陶心雅報

辻晉堂の陶彫作品

辻 晉堂:カラカサのオバケ


辻 晉堂(つじ しんどう)は、戦前戦後にかけて活躍した彫刻家です。

当時の彫刻界に新風を巻き起こし、鬼才の名を欲しいままに斬新で大型の作品でもって、その芸術性を世に問い、現代彫刻界の礎を築いた偉大といえる芸術家です。
生誕100年の2011年に、神奈川県立近代美術館などで回顧展が開かれその偉業が再評価されました。

この作品「カラカサのオバケ」は、晩年期の転機となった作品で連作として制作された内の一点です。
それ以前には、大型作品が中心だった陶彫作品は、この作品を制作した1974年以降、小型化してゆきます。
登り窯を使った大型の作品は、公害防止条例が発布され登り窯が廃止された1967年を機に辻は制作を断念。その後、辻は版画の作品を発表してゆきます。
電気窯が普及したことにより、1974年に電気窯を自宅アトリエに据え、陶彫作品を再開します。作品は、必然的に小型化し作風も抒情的でウイットに富む作品へと変化してゆきます。
この作品は、辻 晉堂が電気窯で制作した第一作目のものです。

1974年当時、京都のギャラリー射手座の個展に出品された後、永くコレクターの元にありましたが、このたびご縁をいただきまして、黒田陶苑の特別展示室に飾らせていただいております。



辻 晉堂 辻 晋堂 つじしんどう Shindo Tsuji

1910 鳥取県溝口町(現伯耆町)出身
1931 上京。独立美術研究所で油画を学ぶ。彫刻は独学
1933 日本美術院展に彫刻作品が入選
          木彫作品の制作が始まる
1935 日本美術院展奨励賞受賞。院友に推挙
1941 日本美術院より「平櫛先生古稀像」の制作者に抜擢
1942 日本美術院同人に推挙
1945 終戦。鉄や木材を使った大型彫刻の制作が始まる
1955 京都市立芸術大学彫刻科教授に就任
    登り窯焼成の 陶彫作品の制作が始まる
1958 日本美術院脱退
1967 登り窯の廃止にともない陶彫作品の制作を中断
          版画作品の制作が始まる
1974 電気窯焼成の陶彫作品の制作が始まる
1976 京都市立美術大学教授を退官
    同大学学長に推挙されるが固辞
1981 逝去(享年71歳)






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