陶心陶語

天才・加守田章二

 

「手法とか技術は古臭くても、自分の狙っているものを伝統的なものの上にたって新しく追求していきたい。新しい時代に手で作る伝統的な焼物、これがぼくの仕事です」
加守田章二が、古代の須恵器や平安時代の猿投・常滑・渥美の灰釉壺に強い興味を持ち、創作の礎にしていたのは、栃木益子で陶芸家としてスタートして間もなく、生家・大阪岸和田近くに散在する須恵器の窯跡で拾った陶片を見つけたことであった。須恵器や灰釉陶に見る張り詰めた緊張感にあふれるシャープで厳しい造形、しっかりと還元焔で高温焼成された灰釉の美に、若き加守田は魅了され、中世の窯や焼成技術を取り入れた制作手法を確立することになったのである。
制作の拠点とし工房を置いた益子で試行錯誤を繰り返し、中世の穴窯を研究していた加守田であったが、益子で得られる陶土にもの足りなさを感じるようになり、新たな陶土を探すことになった。ある時、旅先で出会った遠野の土を気に入り、遠野の環境にも魅力を感じて、工房を遠野へ移すことにしたのであった。
加守田章二が、栃木・益子から岩手・遠野に制作拠点を移そうとする直前、益子に遠野の土を持ち帰り、その土の可能性を探るべくそれまでの作風とは趣きを異にした斬新な作品を制作していた。「炻器」「酸化文」と名付けられたそれらの作品は、古代土器を思わせる質感を持ちつつ、力強い造形表現に優れており、のちにその作品群が評価され高村光太郎賞受賞につながったのである。
この作品は見立ての茶入で、本体は彩色土器を思わせる小さな壺である。遠野土を用い轆轤成形で制作され、焼成すると赤く発色する黄土を器面全体に、激しく塗り付けるように彩色しており、加守田の新しい時代に向けた創作への気迫を見ることができる。
遠野土のザラザラとした独特の質感・石かみのある荒れた地肌の趣き、エッジの効いたシャープな口作り、赤黒の色彩コントラストなど、天才・加守田章二の研ぎ澄まされた優れた感性が凝縮した一品です。

 

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