陶心陶語

荒川豊藏 染附高砂手花入のこと

 

「宮永東山さんのところへ来て初めて、焼き物に風雅なものがあるのを知る。古い良い焼き物もよく見て回った。勉強になった。」
大正11年、それまで多治見で洋食器の画工をしていた荒川豊藏が28歳の時、京・伏見の初代 宮永東山から画工としての技量を買われて、家族と共に伏見に移り、住込みで働くことになった。
当時の宮永東山は、顧客に岩崎家・鍋島家や東京の一流料亭が名を連ね、横山大観や下村観山・川合玉堂らの日本画家との交流もあり、大正から昭和にかけ、京都の名門として名を馳せ、50名を超える職人を要して栄えていた。
その宮永東山の工房で、荒川豊藏はそれまで見たことのない味わいのある焼き物を知ることになり、また、宮永東山と親交のあった北大路魯山人との運命的な出会いも得ました。
この作品は、昭和16年、47歳の荒川豊藏が陶芸家になって初めて開いた個展に出品した作品です。
東京国立博物館や京都・北村美術館等が収蔵し、古来より茶人の間で高名な「古染付高砂手花入」(中国・17世紀)を忠実に模したもので、筆致・筆勢の巧みさは、本家と比べても見劣りなく驚くべきものがある。茶人・数寄者が愛好した「風雅」を取り入れ、荒川豊藏の画才を遺憾なく発揮した格調高い一品です。

 

« 前の記事:今年一番のできごと を読む

次の記事:鈴木伸治さんのこと を読む »

陶心陶語トップへ戻る