陶心陶語

鯉江良二先生の一周忌に

 

夢 鯉江良二先生

 


鯉江良二先生(1986年)

 

それは今から35年前の1986年のことで、当時48歳の鯉江良二先生は、陶を用いた現代美術の作家として主に活動していました。また、クラフトショップで販売されるうつわを作るクラフト作家の一面もありましたが、陶芸界ではまだ無名の存在でした。

 

鯉江良二先生との出会い

1986年4月に家業である黒田陶苑に入社した私の最初の仕事は、日本各地の高名な陶芸家の先生方への挨拶まわりが主でした。
東京近郊在住の藤本能道・三浦小平二両先生から始まり益子・笠間などの関東の主要窯業地を回り、5月になって3泊4日の日程で多治見・可児など美濃地方、そして愛知・瀬戸地方へ出張することになりました。
出張最終日の4日目、早朝に名古屋駅から名鉄電車に乗り、常滑に向かう。
父が書き出した訪問先をすべて挨拶し終えたのが正午過ぎ。
予定より早く挨拶まわりが終わり、ゆっくり昼食をとり東京に戻ろうと決め、駅近くのスナックのような喫茶店で食事をすることにした。
食後のコーヒーをすすりながら、ふと思い出したのは、修業時代に暮らした京都でたまたま見た展覧会での不思議な作品の作者のことだった。
その作者の珍しい苗字とその作者が常滑の人であることはその会場にあった印刷物で見て覚えていた。
東京・銀座に帰るまでに時間も余っていたこともあり、あの不思議な作品を作った作者に会いたいと急に思い立ち、駅前で客待ちしていたタクシーに乗り、ダメ元で「ヤキモノをやってる鯉江さんのところに行きたい」と伝えた。
運転手は「ほおじの良二さんやね」といってタクシーを走らせ、そして古びた商店街のようなところに降ろされた。
あとで、港町であると知ったその地・常滑市保示の鯉江宅は歴史を感じるお家で、その玄関の引き戸をガラガラと開け土間に入った。
それが、私と鯉江良二との初対面というには生易しいもはや衝撃的な初めての出会いであり、のちに現代陶芸史を塗り替えることになる「1987 鯉江良二茶碗展」へと繋がっていく出来事であった。

午後1時半を過ぎたころの訪問であったが、奥さまと小さなお子様たちが居間に居られて、「主人は昨日朝まで仕事していたようで、まだ休んでます」「起こしてきますね」と言ってくださった。

そして、鯉江宅に集う人々の落書きがある襖が開かれて鯉江良二が現れた。当時48歳だった鯉江はスキンヘッドで髭を蓄え、身体は筋肉隆々、相手を射抜くような鋭い眼光を持ち、威圧するような大きな声で話す人物であり、24歳のわたくしは、ただただ、たじろぐしかなかったことを覚えている。
寝起きの機嫌の悪さからか、体制に対する独自の主張を話し始めた鯉江氏は饒舌でありひどく情熱的であった。
その後、彼にとっての朝食が終わり、場が和んだ瞬間にその場を去ろうと座をはずしたその時、鯉江氏が「これから窯出しあるから、一緒に行こう」と言い始め、威圧感のなかで誘われて断りようもなく同行することになった。

常滑の町を鯉江先生が運転する自家用車に乗り10分ほどのところにあるご友人・猪飼氏の穴窯に到着した。わけもわからずに連れてこられたその窯には、鯉江の旧知の呉服店のご主人から頼まれた11点の作品が入っているという。
その作品はすべて茶碗であり、その店で顧客への呈茶に使うために依頼されたものだと聞いた。
いよいよ窯の入口を塞いでいたレンガが外され、窯の中から取り出され作業机に並べられてゆく作品に強い衝撃を受けた。
その作品のすべてがそれまでに見たことのないような茶碗であったからだった。 

作品の感想を正直に鯉江に伝えると、余分に作ってあるから、気に入ったものがあれば持って帰っていいと選ぶことを促され、私はその20点あまりの中から一碗を選んだ。
その窯出し作業は深夜にまで及んだことから、必然的に東京に帰ることができなくなり、鯉江宅に泊まることになって、明け方まで鯉江氏につきあい、いろいろなことを話していた。
陶芸のことに始まり、古陶磁・美術・芸術・政治・広島長崎のことから戦争などの海外のできごとまで、話は尽きない。
夜が開け始め、鯉江先生の眼光が弱くなったころには、私の中で展覧会「鯉江良二茶碗展」の企画を考え始めていた。

 

1987年 鯉江良二茶碗展

1987年3月21日~31日に、その展覧会は、銀座 黒田陶苑で開催。
その会場の入り口には、次のメッセージが掲げられた。

「ふとした事から、黒田君に乗せられて、ヨッシャッと、かるはずみな返事をしてしまった。  鯉江良二」

出会ったその日その瞬間に、人の思考や生き方にまでに多大な影響を与えてしまう鯉江の重厚で実直、崇高な魔力は、茶碗に形を変えて、それを初めて見た多くの人々を魅了し受け入れられ完売した。

初日の昼下がりに、谷川徹三先生が現れ、会場に並んだ100点の茶碗を丁寧にご覧になられ、最後に鯉江を近くに呼び、しゃがれた声で一言放たれた。
「鯉江くん。これぞ茶碗だ。」

鯉江は「ハイっ!」と答え、ガハハっと笑った。

 

 


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