原 憲司 個展


 
このたび銀座 黒田陶苑では、黄瀬戸の再現に取り組んでおられる原 憲司氏の個展を開催いたします。

桃山時代に作られた陶器の中でもっとも格調高く上質で精巧な作風で知られる黄瀬戸は、昭和の陶芸巨匠により再現をみました。
その潮流を原氏は引継ぎ、さらに上質な黄瀬戸を作るべく、現在に至るまで研究を重ねています。

今回の展観では、黄瀬戸を中心に、志野など桃山陶と呼ばれている作風で展開いたします。

この機会にぜひご高覧くださいますようご案内申しあげます。

 

 


 

 

 


原 憲司 黄瀬戸鉢  w19.1×h7.0㎝

 

 

 


 


原 憲司 Hara Kenji

1947  東京都出身
1969  加藤卓男に師事
1982  可児市大平に工房を設置し独立
2005     第1回銀座黒田陶苑個展
     以降、毎年開催

 


 
【銀座 黒田陶苑アネックス】
 
TEL.03-3571-3223
11:00-19:00 毎週月曜日・定休
 
 
銀座 黒田陶苑アネックス は、
ギンザ・シックス [GSIX] の真裏の三原通りに面する銀緑館の2階にあります。
ご来店を心よりお待ちいたしております。
 
 

銀緑館前の三原通りには、パーキングメーターの駐車スペース(1時間300円)が多数設置されています。
また、ギンザシックス地下駐車場(30分300円)の他に近隣には多数の時間貸し駐車場があります。

 

 
 
銀座 黒田陶苑は、東京都のガイドラインに準じて新型コロナウイルスの感染拡大防止に務めております。
 

小山冨士夫 絵唐津盃



小山冨士夫先生の絵唐津のぐい呑です。

やや大振りのぐい呑で、踊るような轆轤目も強調されて小山先生らしい出来上がりの作品になっています。

敢えて古ぼけてバサついた絵筆を用いた鉄絵も躍動感があって面白い一品です。


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小山冨士夫  |  Koyama Fujio

1900  
岡山県倉敷に生まれる
1920  
一橋大学に入学
1925 
瀬戸に移り矢野陶々に弟子入り
1926  
京都の真清水蔵六に弟子入り
1927 
陶芸家を志す
1932  
古陶磁研究誌の編集員になる
1933  
文部省嘱託の重要美術品等調査員になる
1952  
文化財保護委員会事務局無形文化課に就く
1961  
[永仁の壷事件]により文化財保護委員会を辞職
1966  
鎌倉に築窯、再び作陶活動を開始
1967 
日本工芸会理事長に就任
1973  
岐阜県土岐市に移り、花の木窯を創設
1975  
逝去(享年75歳)


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鯉江良二 志野ぐい呑



現代陶芸界でもっとも異彩を放っていた鯉江良二先生は、昭和後期から平成の時代に、国内外で展覧会を開催するなど世界的に活躍した陶芸家です。
当時は多作の陶芸家として知られていましたが、最晩年の10年ほどは、病気療養に専念し、陶芸制作をほとんど行わなかったことで、意外にも生涯の制作総点数は限定的な作家となってしまいました。

この作品は、鯉江が旧知であった美濃の陶芸原料を扱う人物に依頼し特別に提供された最高品質のもぐさ土を用いて、1991年に制作された志野のぐい呑です。

志野釉を器体の半分ほどしか掛けず、土見せを多く残しているのは、鯉江先生がモグサ土に敬意を表したからと考えています。ピシャっと掛けたように施された鉄絵も見どころになっています。

胴部に大きくサインがあります。共箱には「ぐいのみ 良」と書かれてあり、一般的な紐ではなく、鹿のなめし皮製の紐が付けられています。


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鯉江良二 | Koie Ryoji

1938
愛知県常滑市に生まれる
1957
愛知県立常滑窯業高校卒業
1962
常滑市立陶芸研究所入所
現代日本陶芸展入選
1970
大阪万博の大型陶製ベンチ制作参加
1971
現代の陶芸展出品 (東京・京都国立近代美術館)
1972
ファエンツァ国際陶芸展出品(イタリア)
国際名誉大賞受賞(バロリス国際陶芸ビエンナ-レ)
1973
京都にて初個展(造形作品とインスタレーション展示)
1978
現代の工芸展招待出品(京都国立近代美術館)
1981
CLAYWORK「やきものから造形へ」展招待出品
1982
伝統と前衛展招待出品(サントリー美術館)
1986
日本の前衛展出品(ポンピドウセンター/パリ)
1987
鯉江良二茶碗展(銀座 黒田陶苑) 以降毎年個展開催
60年代の工芸展出品(東京国立近代美術館)
1992
愛知県立芸術大学教授就任
1993
日本陶磁協会賞受賞
2001
織部賞受賞(岐阜県)
2002
愛知県常滑市天竺に穴窯を設営
2004
愛知県立芸術大学教授退官
2008
日本陶磁協会賞金賞受賞
2013
手術後遺症により声を失う
2020
逝去(享年82歳)


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加守田章二 一九八十 盃



加守田章二先生の最晩年期を飾った釉彩シリーズのぐい呑です。
白い磁土を用い、藍・緑・黒の釉薬を使い器体全面に菱形状の模様で釉彩を施しています。
このぐい呑は轆轤成形で作られており、全体に薄造りで口辺は極めてシャープな造形で、高台も美的に仕上がっています。
色彩の美しさとともに、加守田先生の見事な轆轤技術をうかがえる一品です。
高台にサインがあります。

 


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※ 価格等、この作品について詳しい情報をお知りになりたい方は、メールでお願いいたします。
メールはこちらから ⇒ MAIL
【 作品番号 : 581 ]


加守田章二 | Kamoda Shoji

1933
大阪府岸和田市に生まれる
1952
京都市立美術大学工芸科陶磁器専攻に入学
1956
京都市立美術大学卒業。茨城日立に移り製陶所に勤務
1959
栃木県益子に移り制作を開始
1962
穴窯での灰釉作品の制作が始まる
1965
灰釉作品が注目される
1966
日本陶磁協会賞を受賞
1967
高村光太郎賞を受賞
1969
岩手県遠野に移り、その後作品は毎年変化していく
1970
[曲線彫文]を発表
1971
[彩色]を発表
1974
[陶板展](銀座 黒田陶苑)以後毎年出品
1979
東京東久留米に工房を移す
1983
逝去(享年49歳)


加守田章二 盃 のこと

大阪・岸和田で生まれ、画家を志し入学した京都美大で陶芸に触れ、教授だった富本憲吉の指導を授かったことで、陶芸家を目指すことになった加守田章二。

陶芸家への夢を持ちつつ、生計を立てるため、美大卒業後には茨城日立の製陶所に職人として勤めていたこともありました。

ほどなく、濱田庄司が築き上げた陶芸王国・栃木益子に乗りこみ独立、制作活動を開始したのは1959年、26歳の時でした。

実質的な師を持たない加守田は、王国・益子の地において異種異風の「灰釉」の作品を手がけ、次第に異色作家として頭角を現し、加守田が32歳頃の1960年代中頃には、すでにその名は、中央にも知られるようになっていた。

34歳の時に「高村光太郎賞」を受賞し、若き天才現るとして一躍、美術界で注目を浴びることになった加守田は、自身の周辺が騒がしくなったことを疎み、静かな制作環境を求め、10年を過ごした栃木県益子から岩手県遠野へ制作拠点を移したのである。

その新天地・遠野で、加守田の代表作の多くが作られるが、10年を経た1979年には、制作拠点を東京西部の東久留米に移している。

東京での制作活動は、益子と東久留米の両方の工房を使い胎土や釉薬・上絵など多種多様な技法や原料を使い分け、明るく色彩豊かな作風へと変化してゆきました。

この「盃」は、轆轤引きした半磁の白い胎土に、紺・緑・黒の三色の釉彩で、菱形の模様が付けられ、口元は加守田らしい切れるようなシャープな造形で仕上げています。

この菱形のデザインは、親交が深かった油画家・有元利夫(1946‐1985)の絵にヒントを得たもので、加守田の時代を読む鋭い感性を表していると思います。

類例が極端に少ない、実用的かつ美的な一品です。


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MINGEI展が始まります

 

11月13日(土)から、MINGEI展を開催いたします。
昨年までは、濱田庄司先生と河井寛次郎先生の両巨匠の逸品を集めて濱田と河井展として定期的に開催していましたが、今年からは民藝運動に参画したバーナード・リーチや富本憲吉、黒田辰秋、芹沢銈介の各先生方の作品を加え、MINGEI展としてリスタートいたします。
ぜひ、この機会にご高覧くださいますようご案内申しあげます。

展覧会の詳しい情報はこちらから⇒  MINGEI展

 


 

MINGEI展

2021年11月13日(土)〜 11月25日(木)
午前11時~午後7時・月曜定休
会場:銀座 黒田陶苑アネックス

 


 

 


濱田庄司:黒釉錆流描皿(部分)

 

 


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濱田庄司 掛合釉丸紋花瓶のこと

 

濱田庄司 掛合釉丸紋花瓶のこと

 


濱田庄司(1894~1978) 掛合釉丸紋花瓶 
1974年 w29.8×h31.0㎝ 共箱

 

 

二種類の釉を二重掛けした掛合釉の高さ30センチを超える大作です。

濱田庄司先生の最晩年の作品で、壷の四方向に濱田先生のシンボルである「唐黍」と「笹」の文様を丸で囲んだ鉄絵が施されています。




濱田庄司 掛合釉丸紋花瓶 (反対面)


濱田庄司先生が「調子が良い」とし理想的な焼き上がりとした、艶消しのしっとりとした焼成加減(焼け具合)の仕上がりになっています。

落ち着いた釉表現の大きな器体に、健康的で力強い絵付けが躍動する逸品です。

 


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濱田庄司 三つの大きな鉢のこと

 

濱田庄司 三つの大きな鉢のこと

 

 
濱田庄司(1894~1978)
(右)青飴釉掛分白十字文大鉢 1970年代 w56.5×h14.5㎝ 共箱
(奥)掛分指描大鉢 1970年代 w58.0×h15.2㎝ 共箱

 

 

濱田庄司先生の作陶活動の後期を華麗に彩ったものは、間違いなく、大きな皿や鉢の作品群です。
私の経験では、直径が45センチを超える作品に、濱田先生は「大鉢」と名付けているようです。それよりも小さな作品には「大」と付けず、鉢・盛鉢・皿としています。

これらの大鉢は、最大では60センチを超えるものも扱ったことがありますが、それは深さ(高さ)が浅い(低い)作りのため必然に直径が大きくなり、実際に見る作品のサイズ感とすれば、これほどの大きな作品になると数センチの違いは無きに等しい。同じ迫力で圧倒させられます。

 



濱田庄司(1894~1978)
(左)青釉流掛大鉢 1970年代 w47.9×h12.5㎝ 共箱
(奥)掛分指描大鉢 1970年代 w58.0×h15.2㎝ 共箱

 



陶芸制作の過程で、胎土を成形後に窯で焼成する際には、一割程度収縮します。陶芸を体験しないとわからないと思いますが、思う以上に小さくなります。

これほどの大きな作品は、焼成前にはさらに一回り大きなものですので、濱田先生は大きな器体の画面に向かって、柄杓を振り回していたということになります。
アクションペインティングのごとく、まさに全身全霊を作品にぶつけて作品を仕上げていた。
濱田庄司先生が柄杓を使って釉薬を流し掛ける様子が目に浮かびます。

 

大きな建物の中の広いお座敷に三つの大きな鉢を並べさせていただく機会を得て、撮影させていただきました。
しかし、三脚を使って高いところから写しましたが、広角レンズの持ち合わせなく、これらの三つの大きな鉢を一枚の画像の中に入れることができず残念なことしてしまいました。

遠山記念館にて撮影 】


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