本日の一品

Rosanjin Kitaoji

北大路魯山人 紅志野徳利

w8.3×h11.9cm 1957年頃  黒田陶々庵・箱

北大路魯山人 紅志野徳利

 

北大路魯山人先生の紅志野のぐい呑です。
魯山人先生が作陶活動の最初期から最晩年期まで生涯にわたり制作を続けていたのが志野焼で、特に戦後になって手掛けるようになった赤い緋色が特徴的な「紅志野」は、年を経るごとに熟成し最晩年には、まるで炎が燃え立つような赤い色になりました。
現在では一般的になっている赤い志野焼は魯山人が作り出したもので、魯山人以前には皆無で、一般的に志野焼は白い上品なヤキモノとして認識されていました。
魯山人先生の紅志野の登場は当時衝撃的で、他の陶芸家にも大きな影響を与えて、同時代の陶芸家たちが追随するように赤い志野の制作に向かってゆくことでいつしか伝統となり、それが現在の志野焼になったというわけです。
それほど、魯山人先生の紅志野はセンセーショナルでした。

この紅志野徳利は制作数が極端に少なく、従って現存する作品は稀少で、回顧展や作品集・図録などでも見る機会は無いといっても過言ではありません。
酒が一合と少し入るほどの実用的なサイズに作られており、魯山人の料理に対する哲学と究極を目指した美の美学が感じられます。
高台脇に釘彫りで「ロ」のサインがあります。

この徳利と似合うぐい呑もぜひお探しください。

 


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【 作品番号 : 572 】


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北大路魯山人 きたおおじろさんじん   Rosanjin Kitaoji

1883  京都市上賀茂北大路町に生まれる
1907  東京で書家として活動を始めるが挫折し放浪
1916  挫折し、韓国・中国・滋賀・福井・金沢など放浪し京都へ戻る
1919  東京で美術骨董店を開業
1921  骨董店の顧客を対象に、自らの料理を供する「美食倶楽部」を始める
1923  美食倶楽部で使用する食器の外注制作を始める
1925  料亭「星岡茶寮」を経営
1928  星岡茶寮の食器を製作するための製陶所「星岡窯」を鎌倉に設ける
       その後、百貨店や茶寮などで作品即売会を催し評判を呼ぶ
1935  陶芸創作に専念するようになる
1936  星岡茶寮の経営から離れる
1937  北大路魯山人新作展(銀座 黒田陶苑)
1939  この頃「星岡窯」は50名余が従事し活況を呈する
1942  戦時下、石川に疎開し漆芸作品などを制作
1954  ロックフェラー財団の招聘によりニューヨークなどで個展を開催
          アメリカ・ヨーロッパなどを歴訪
1955  重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を辞退
1956  東京・京都・名古屋などで盛んに個展を開催する
1959  逝去(享年77歳)


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