本日の一品

Kanjiro Kawai

河井寛次郎 鳥注 [鐘渓窯]

h15.6×w12.8×d11.6cm 共箱 1921年

河井寛次郎 鳥注

 


31歳の新進の陶芸家が、それまで再現が困難と云われた中国古陶磁の青瓷・辰砂・天目などを高い技術で再現した作品をそのデビュー個展「第1回 河井寛次郎氏 創作陶磁展観」で現在では名作と呼ばれるようになった作品の数々を発表し、「突如、彗星が現れた」と世間に騒がれるほど、河井寛次郎のデビューは鮮烈でした。
その時期の作品の箱書きには「鐘渓窯」(しょうけいよう)と記されていることなどから河井寛次郎の「鐘渓窯時代」と呼ばれており、「鐘渓窯時代」は、主に中国古陶磁を規範とした高い技術を駆使した作品を制作していた5年間ほどの期間に限られます。

この作品は、1921年5月に開催された日本橋高島屋の個展「第1回 河井寛次郎氏 創作陶磁展観」に出品されたもので、河井寛次郎の最初期作品を示す、本名・河井莞二郎の「莞」の印が高台内に押されている極めて貴重な作品でもあります。
中国磁州窯の「白地黒絵」の技法を用いて、南アメリカや西アジアの古代土器にヒントを得たものか、鳥の形の器にプリミティブな文様を施しています。
100年前の作品とは思えない、河井寛次郎の優れた美的感性を詰め込んだまさに創作陶磁の一品です。

本作品は、当時の作品目録に記録が残っているものの、今まで知られていなかった河井寛次郎の名品です。京都国立近代美術館に、同時期に制作された同形状の褐釉作品「鳥注」が収蔵されています。

個展発表されたのが1921年5月のため、制作年を1921年と表記しましたが、正確には1920年以前に制作された作品です。

 


 

 河井寛次郎 かわいかんじろう

1890 島根県安来市に生まれる
1914 東京高等工業学校窯業科卒業
     京都市陶磁器試験場へ入所
1920 京都五条坂で制作活動を開始。工房名称を[鐘渓窯]とする
        中国や韓国の古陶磁を参考にした作品を制作
1922 東京での個展が好評を博し、名声が高まる
1924 スリップウエアに感激し、作風が変化
1926 柳宗悦・濱田庄司らと民芸運動を起こす
     簡素な形にオリジナル図案を施した作品を制作
1937 パリ万国博でグランプリを受賞
1949 創作的な作品の制作が始まる
1966 逝去(享年76歳)

 


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