桶谷 寧 陶芸展

 

 

  このたび黒田陶苑では、曜変天目で知られる桶谷 寧先生の陶芸展を開催
いたします。
近代的な窯業技術や釉薬調合に頼らずに再現される桶谷先生の曜変天目
には、人工物とは思えない煌きを有しています。まさに宝石のようなその輝き
には、誰もが惹き込まれ魅了されています。
今回の陶芸展では、残念ながら曜変天目の出品は叶わないようですが、さ
まざまに変幻する天目の変化を楽しめそうです。
ぜひ、この機会にご高覧賜りますようご案内申しあげます。

 

 

 


 

 

 


  天恵盃 2019年 w7.5×h4.3㎝ 700,000yen   [Sold out]

 

 

 

 


同作品

 

 

 

 


 

桶谷 寧

1968 京都府京都市出身
1990 関西大学工学部卒業
1991 京都府高等技術陶工訓練校修了
1992 京都市工業試験場修了
1996 曜変天目の試作に成功する
2001 曜変天目が完成する
2002 曜変天目を初発表
2003 第一回銀座黒田陶苑個展
   以降、定期的に個展を開催

 

 


 

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鯉江良二作品特集 -挑む茶碗‐

 

 

 このたび黒田陶苑では、鯉江良二先生の茶碗を特集いたします。
今年、八十歳を迎えられた鯉江先生は、数年前から体調を崩され、現在は
ご自宅で療養の日々を過ごされていらっしゃいます。スピード感にあふれア
クロバティックなわざを披露していた轆轤の前に座ることがなくなってから10
年あまり。昭和終わりから平成を疾風のように駆け抜けた鯉江は、数々の作
品を生み出し、他の陶芸家らに多くの影響を与えてきました。
今回の特集では、写真にしました北斎・山下白雨を彷彿させる引出し黒茶
碗をはじめ、平成を代表する陶芸家の一人である鯉江良二先生の名作茶
碗・30余点を集めております。
ぜひこの機会にご高覧くださいますようご案内申しあげます。

 

 

 


 

 

 


  引出黒茶碗 1987年 w14.3×d13.1×h8.2㎝

 

 

 


 

鯉江良二

1938 愛知県常滑市出身
1987 「1987 鯉江良二 茶碗展」(銀座 黒田陶苑)
1992 愛知県立芸術大学教授就任
2004 芸大教授を定年退官
2010 この頃より体調を崩し、作陶を休止する
2013 病いのため、声を失う

 


 

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松井康成 練上嘯裂文壺のこと

 

「私の仕事は、須恵物造りというより、玉造りといったほうがふさわしいかもしれません。いつの間にか、壺のかたちがまあるくなって玉のようになりました。それでもやはり壺と言っていますが、必ずしも花を挿したりする器ではありません」
松井康成が作陶活動を開始したのは、33歳の時で、当初は古陶磁を規範とした灰釉や天目・刷毛目などの実用的な器を手掛けている。
まもなく、中国古陶の「交胎」「撹胎」を現代的な意匠で構成させた「練上」を作り上げ、それはモノトーンのストライプ文様を器物に装飾したものでした。
47歳頃からは、それまでの実用性を意識した器から、美的装飾性を重要視した作品へと方向転換。
「練上」作品の形状は丸い形になり、色彩はそれまでの陶芸には無かった極彩色を使うようになりました。
制作技法も複雑化、他の追随を許さぬほどの技術でもって新しいものに挑戦をし続けました。
この作品は、松井の作風を代表する「嘯裂文」で、細かくひび割れた胎土の表面は、彩色とあいまって上質な毛織物のようで、形状はまさに宝珠。
陶器を作るのではなく、玉を作りたいと願い、美を追い求めた松井の最晩年を華麗に飾る一品です。

 

明日から瀧川恵美子さんの個展です。

明日19日(土)から瀧川恵美子個展です。

良いうつわを作ることで、多くのファンを獲得している瀧川恵美子さんの待望の個展がいよいよ開催されます。
今回会場には、志野・鼠志野・織部などのうつわの新作で約750点になります。

ぜひ、ご来会いただき、瀧川さんの上質なうつわをご実感ください。


志野梅芦文向付

瀧川恵美子 個展 -志野のうつわ‐

 

 

このたび黒田陶苑では瀧川恵美子個展を開催いたします。
志野や織部のうつわを中心に作り続ける瀧川さんは、古いやきものの中
に現代性を発見し、形にすることに長けている作家です。その才能は、
天才的でありながらも、実は誰よりも研究熱心で、良いものを探し貪欲な
までに美を追及する強い信念を持って、挑む心を肝に据えた精神力に
裏打ちされています。
そのように迫力を込め作られているうつわですが、普段にさりげなく使え
るほどの優しさも兼ね備えているのも瀧川さんのうつわの良いところ。
九回目を数える今回の個展では、さらに上質を極めたうつわが並びます。
ぜひご高覧くださいますようご案内申しあげます。

志野・織部のうつわ、750点を展示販売いたします。

 

 


 

 

 


  志野梅芦文向付 w15.1×h4.3㎝

 

 

 



鼠志野四方向付 w7.0×h6.7㎝

 

 

 

 


志野筒向付 w7.1×h8.3㎝

 

 

 


鼠志野竹之文向付 w15.4×h4.5㎝

 

 

 



鼠志野片口  w10.8×d7.8×h10㎝
志野四方猪口 w5.5×h5.2㎝

 

 

 


 

 

 

瀧川恵美子 Takikawa Emiko

1956 愛知県豊川市生まれ
1977 多治見工業高校専攻科修了
1990 製陶所勤務後、独立。制作を開始
2006 岐阜県土岐市に工房設置
2011 第一回個展(銀座 黒田陶苑) 以降毎年開催

 

 


 

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1950年のバッチ

 

今から70年前の昭和25年ころ。西暦ですと1950年頃のことです。大昔の話なので、信じていただける方は多くないと思いますが、私どもの社章バッチとして、当時の主人以下店員全員が襟元に使用していたものがこの画像に写るものです。
当時まだ若かった、のちの人間国宝の金工家・内藤四郎さんにお願いして制作したもので、貴金属での限定制作をお願いしたものです。
さきごろ、ある美術館さまから故内藤四郎先生について、弊社との所縁などいろいろなお尋ねがあり、この社章バッチのことを思い出して黒田陶苑文庫から探しだしてみたところです。
あらためてこのバッチを拝見しますと、はるかな時代の勢いを感じ、あやかりたくも、現代に復活してみることにいたしました。

 

小山冨士夫 油滴白覆輪酒觴のこと

 

世界的に名の知られた東洋陶磁の研究者・学者であった小山冨士夫は、若年期に陶磁器に出会ったことで陶芸家を志し、瀬戸や京都で陶芸修行した後に、昭和元年・26歳の時に京都・東山で作陶活動を開始。作陶に勤しみ、百貨店などで個展やグループ展を開き陶芸家としての活動をしていた小山でしたが、挫折。30歳を迎える頃、古陶磁の研究者への道を歩むことを決め、轆轤を捨て、東京に戻りました。その後、古陶磁研究の先達の知遇を得て、文部省の嘱託になり、さらに活動の幅を広げ、文筆活動も積極的に行った。戦時下に強行した中国各地の古窯址調査で小山のもっとも偉大な功績として讃えられる中国宋時代の白瓷で知られる「定窯」古窯址を発見。戦後になり、東京国立博物館に勤務、のちに文化財保護委員会の調査官になり国宝や重要文化財の指定などに携わりました。
昭和36(1961)年、贋作を重要文化財に誤って指定した責を認め、公職を辞任するが、小山の才能と実績を惜しむ多くの人々の支援を受け、民間主導で文筆活動や研究活動を続けることになる。その活動のさなか、作陶をする機会があり、若き頃に志した陶芸家への想いが燃え上がった。
各地を巡り、その先で轆轤に向かう。小山の知名度は抜群で、唐津・萩・備前・丹波・京都・信楽・瀬戸・美濃などで滞在し場を借り作陶をしていた。
昭和41年・68歳の時、鎌倉・二階堂の自宅の一隅に窯と工房を構え、作陶を本格化する。青年時代に志した陶芸の道を多くの変遷を経て、古稀を目前に実現することになりました。
この作品は、自らの工房を構えた昭和41年の作品で、箱書きのとおり、試行錯誤の賜物であることが解ります。
中国・金時代(13世紀)の代表的な油滴白覆輪を模して作陶したもので、共箱に「試作」と箱書きがあるように、また小山としては珍しく朱の落款が押されており、それまでの中国古陶磁研究の変遷の集大成として日夜研究していたものと推測できます。試作ゆえに、作品に窯印がありませんが、小山冨士夫の中国陶磁への想いのたけをぶつけるべく作られた一品です。
漆黒の黒釉には油滴が現れており、小山氏の窯出しの際の歓喜の笑顔を想像するのは私だけではないはずです。