鯉江良二 志野茶碗のこと
鯉江良二(1938~2020) しの茶碗
1991年 w12.6×h9.4㎝ 共箱
「一年に一作という人はそれでいい。でも僕はさ、タンポポの種がふわっと散るみたいに、たくさん飛ばしたいのさ。孫悟空が山ほどの分身を生むように、やきものを作りたい。」
現代美術家としても活躍し、昭和後期から平成の時代には、年間数十回の陶芸の個展を開催して多作の作家と呼ばれるほど活躍した異色の陶芸家・鯉江良二。
後年になって、愛知県立芸術大学の教授を務めた時期には、海外の美術系大学との大学間交流に奔走し、世界各地で公開制作・ワークショップを積極的に行い、日本の現代陶芸の多様性を紹介し、その普及に大いに貢献したのである。
しかし、芸大教授を定年退官した後、体調を崩し、大きな手術の後遺症により言葉を失うなど、最晩年の10年ほどは、病気療養に専念するために陶芸制作を行うことは無くなってしまった。
このため、多作の作家と呼ばれた鯉江であったが、結果的に生涯制作点数は、同時代の他の陶芸家に比べ少なく限定的になってしまったのである。
「あの手この手を使って、たくさんたくさん作ってさ、一生かかって、何か自分の思っていることが一つでもできれば、それでいいんじゃない。で、ああ、あの人は死にましたなあ、と人に言われる。どうってことはないよ。」
作品の完成度を目指すのではなく、制作のプロセスを重要視していた鯉江は、陶芸の原料である土や石、釉原料の木灰の元になる樹木などを探し歩くことを日常にし、轆轤での成形方法や窯の焼成方法も他の陶芸家のそれとは、まったく異質なものであったのである。
この作品は、鯉江が50歳代の前半期に制作した志野茶碗で、上質なモグサ土を用い、粗挽きの長石の釉を掛けたもので、大胆な鉄絵が印象的である。
砂質のために可塑性が乏しいモグサ土を巧みな轆轤技術で柔らかい造形に仕立てており、また、大きく釉掛けを残した土見せでもって、土の素材感を表現しているのはみごとである。
土と釉、それぞれの素材を協調し仕立てあげた、鯉江芸術の分身そのものといえる一品である。
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