陶芸秀作展

陶芸巨匠の小品から現代作家の珍しい作品まで、一堂に集め展観いたします。
この機会にぜひご高覧くださいますようご案内申しあげます。

渡辺愛子が古丹波に挑む

 

ひとり六古窯と題した渡辺愛子さんの企画展がオープンしました。
今回、渡辺さんが挑んだのは、六古窯のうちの「丹波焼」です。
丹波焼は、まだ知られていないことが多く、渡辺さんは、相当苦労されたようです。壷が主体の展示になっております。
ぜひご高覧ください。30日(木)まで開催しています。

 


 

加藤唐九郎 絵志埜茶碗 銘「夢玄」




加藤唐九郎 絵志埜茶碗 銘「夢玄」

加藤唐九郎先生は、80歳を超えた頃から、それまで「一無斎」としていた雅号を「陶玄」として作品を発表するようになりました。
陶玄は「とうげん」と読みますが、玄を訓読みすれば「とうくろ」と読む遊びを入れ込んでいます。
永仁の壷事件のあと、唐九郎の名を改名することになりましたが、年を経て、馴染みのある名に戻したいという唐九郎の想いが感じられます。

その後には「玄」の一文字を使うようになりました。
この作品はその時代の作品で、作品と箱書き共に「玄」のサイン・署名があります。

作品を命名するにあたり、特別な焼き上がりを喜び、ご自分の名前である玄の一文字をいれ、蓋裏に「銘 夢玄と号す」と認めています。

日本経済新聞社刊「加藤唐九郎作品集」所載作品

 


 

加藤唐九郎  |  Kato Tokuro

1898   愛知県瀬戸市に生まれる
1914   製陶業を始める
1933   随筆「黄瀬戸」を刊行
1934   「陶器大辞典」を刊行
1935   名古屋市守山区翠松園に移る
1950   戦後初の個展[瀬戸黒茶わん展]を開催(銀座 黒田陶苑)
1952   無形文化財有資格者に認定される
1953   [新作陶芸展]開催。初めて黄瀬戸を発表(銀座 黒田陶苑)
1954   桃里会に参加
1955   荒川豊蔵、石黒宗麿らと「日本工芸会」を結成
1960   永仁の壷事件起こる
1961   一無斎の号を得る
1964   [東京オリンピック記念・加藤唐九郎陶芸展]を開催
1969   志野茶碗「鬼ケ島」完成
1972   原色陶器大辞典を刊行
1973  新作個展[野の唐人‐唐九郎展]を開催
1982   最後の個展[加藤唐九郎の世界展]を開催
1985   逝去(享年87歳)

 




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迎春逸品展が始まりました。

 

あけましておめでとうございます。

新年の特別企画展といたしまして、迎春逸品展を開催しております。
今回のメインは、河井寛次郎の新発見の作品です。

今から百年前の1920年に制作された作品です。
百年前のものとは思えない、現代性を持った名品です。
ぜひご高覧いただきますようご案内申しあげます。

短い期間ではございますが、9日(木)まで開催しております。

 


河井寛次郎:鳥注

 

1月6日(月)は臨時営業いたします。

 

あけましておめでとうございます。
旧年中は、たいへんお世話になりました。
また、本年もよろしくお願い申しあげます。

黒田陶苑の定休日は毎週月曜日としていますが、新年1月6日の月曜日は、「仕事始め」にあたりますので、この日に限りまして臨時営業いたします。

皆さまのご来店をお待ちいたしております。

 

 

北大路魯山人 赤玉寫酒飲

 

北大路魯山人先生は、陶芸制作を始めた初期には、桃山陶・中国や李氏朝鮮の古陶磁の倣作を制作していました。

この作品は、中国の明時代(16世紀)の嘉靖帝の時代に作られ、古くから日本でも珍重された「嘉靖金襴手」の手法やデザインを取り入れたものです。

赤玉とは、古くから日本で言い慣わされている数寄者言葉で、赤絵で描かれた宝珠文様のことを指し、赤絵で丸い文様があるタイプを赤玉と称していました。

朱や緑の色彩や金彩までも忠実に再現されており、また繊細精緻な筆使いも他の追随を許さない、中国古陶磁の本歌に並ぶ、もしくはそれ以上の出来上がりになっています。

高台内に染付で「呂」のサインがあります。

 


 

北大路魯山人 | Kitaoji Rosanjin

1883
京都市北区上賀茂北大路町に生まれる
1907
東京で書家として活動を始めるが挫折し放浪
1916
挫折し、韓国・中国・滋賀・福井・金沢など放浪し京都へ戻る
1919
東京で美術骨董店を開業
1921
骨董店の顧客を対象に、自らの料理を供する「美食倶楽部」を始める
1923
美食倶楽部で使用する食器の外注制作を始める
1925
料亭「星岡茶寮」を経営
1928
星岡茶寮の食器を製作するための製陶所「星岡窯」を鎌倉に設ける
その後、百貨店や茶寮などで作品即売会を催し評判を呼ぶ
1935
陶芸創作に専念するようになる
1936
星岡茶寮の経営から離れる
1937
北大路魯山人新作展(弊社主催)
1939
この頃「星岡窯」は50名余が従事し活況を呈する
1942
戦時下、石川に疎開し漆芸作品などを制作
1954
ロックフェラー財団の招聘によりニューヨークなどで個展を開催
アメリカ・ヨーロッパなどを歴訪
1955
重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を辞退
1956
東京・京都・名古屋などで盛んに個展を開催する
1959
逝去(享年77歳)

 

 


 

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