年別アーカイブ: 2014年
岡部嶺男 灰釉盃
岡部嶺男 おかべみねお
1919 愛知県瀬戸市に生まれる(加藤唐九郎の長男)
1938 東京理科大学に入学
1940 大学を中退し入営。各地を転戦
1945 敗戦後、捕虜となる
1947 復員。愛知県豊田市平戸橋に移る
作陶を再開する
1954 日展北斗賞を受賞
1962 青瓷を始める
1965 紺綬褒章を受章
1968 愛知県日進に移る
1970 窯変米色瓷が完成
1978 病に倒れ半身不随になる。加藤から岡部に改姓
1989 再起新作展を開催し新作を発表
1990 逝去(享年70歳)
2011 没後20年回顧展[宿命-岡部嶺男展](銀座 黒田陶苑)
近藤悠三 山染付金彩盃
奥磯栄麓 志野ぐい呑
山田常山 常滑自然釉小壷
小山冨士夫 酒盃 ロンドンにて
小山冨士夫 酒盃 ロンドンにて
1964(昭和39)年に小山冨士夫先生が、イギリスへ渡航した際にロンドンのクラーク工房で制作した作品。
小山冨士夫 こやまふじお
1900 岡山県倉敷に生まれる
1920 一橋大学に入学
1925 瀬戸の陶芸家・矢野陶々に弟子入り
1926 京都の真清水蔵六に弟子入り
1927 陶芸家を志す
1932 古陶磁研究誌の編集員になる
1933 文部省嘱託の重要美術品等調査員になる
1946 日本陶磁協会が発足、理事となる
1952 文化財保護委員会事務局無形文化課に就く
1961 [永仁の壷事件]で文化財保護委員会を辞職
1966 鎌倉に築窯、再び作陶活動を開始
1967 日本工芸会理事長に就任
1973 岐阜県土岐市に移り、花の木窯を創設
1975 逝去(享年75歳)
川喜田半泥子 茶碗 於荷苗里
昭和12(1937)年に、川喜田半泥子が古陶磁研究のため韓国・荷苗里に滞在した際に制作した茶碗。箱書きに、昭和12丑夏於荷苗里と筆されている。
川喜田半泥子 かわきたはんでいし
1878 大阪市で出生(本名・善太郎)
1979 家督相続、16代川喜田久太夫政令を襲名
1903 百五銀行取締役に就任
1910 三重県議会議員に選出
1912 趣味の作陶をはじめる
1919 百五銀行頭取に就任
1925 三重県津市千歳山に窯を築き、作陶を本格化させる
1934 工房を[泥仏堂]と名付け号としても用いる
1942 からひね会発足し、金重陶陽・三輪休和・荒川豊蔵らを指導
1946 千歳山から廣永に移り、製陶所[広永陶苑]を創設
1957 傘壽記念半泥子翁八十賀百碗譜を刊行
1963 逝去(享年84歳)
