現在の信楽焼のプラットフォームを作りあげた辻󠄀 清明。
美術骨董蒐集の趣味があったお父上の影響で、子供の頃から古陶磁を親しんでいたといいます。中学生の時に、陶房を作ってもらい作陶をはじめ、数年後には日本橋のデパートに常設コーナーを設けるまでになっていた。
戦後しばらく逡巡を経て、小山富士夫先生が提言推進した「六古窯」の活動に影響され焼き締め陶に興味を持ち、間もなく東京の多摩丘陵の一角に登り窯を設けて主に信楽焼を作るようになりました。
1970年代から80年頃までの辻󠄀 清明の信楽作品は、同時代以降の信楽焼作家に大きな影響を与え、今でも辻󠄀のその作風を標榜しています。
この作品は、1980年代後半に制作された唐津ぐい呑です。唐津と言っても佐賀県唐津で制作したものではなく、唐津焼のエッセンスを取り込んだ唐津風というものです。
絵付けしてあることから絵唐津としています。
辻󠄀 清明の酒器は80年代当時、異常なほどの人気があり、その需要に応えるように辻先生は高価な良い作品を世に出しており、この作品はその内の一品です。上質な赤土を使っているため、赤みがかった灰色を呈していて高級感にあふれています。
高台脇に「ツ」の釘彫サインがあります。
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辻󠄀 清明 | Seimei Tsuji
1927
東京都世田谷区に生まれる
1941
陶芸家を志す
1955
東京都多摩市に移り登窯を設置
1958
唐津や焼締の作品制作を始める
1962
信楽自然釉の作品を発表
1968
現代陶芸の新世代展に招待出品(国立近代美術館)
1970
現代の陶芸-ヨーロッパと日本展に招待出品(国立近代美術館)
1974
銀座 黒田陶苑にて個展
1976
日本陶磁名品展に招待出品(東ドイツ)
1983
日本陶磁協会金賞受賞
1987
長野県穂高町に登窯を設置
各地で精力的に個展開催
1989
長野穂高の工房が全焼失
1990
藤原啓記念賞受賞
1991
硝子作品を発表
2008
逝去(享年81歳)